まだ見ぬ誰かへの通信

COMMUNICATION / KNOWLEDGE / AI

五つの言葉を、もう一度

通信の要則を、AI時代に読み直す

通信隊で覚えた五つの言葉を、自治体DXとAIの実務から読み直す。事業を始める責任だけでなく、未来の担当者に選択肢を残す責任へ。知識が人から人へ届く意味を考えます。

18歳の頃、私は陸上自衛隊の通信隊に所属していました。通信に関する教育の中で五つの言葉を学んだ記憶があります。

先行性。
効率性。
統合一貫性。
融通性。
保全性。

当時の私は、それらを深く理解しようとしていたわけではありません。試験で問われる順番を間違えないよう、最初の音をつないでドラゴンボールに登場する技の「魔閃光」に重ねて覚えていました。どの音をどの言葉へ対応させていたのかは、時間がたった今では曖昧です。それでも「魔閃光」という音だけは妙にはっきりと残っていました。

五つの言葉の細かな説明は忘れているのに、試験のために作った語呂合わせだけが残っていました。効率だけを考えれば、先に消えてもよさそうな記憶です。けれども、その一見無駄な響きが残っていたからこそ、私は今、五つの言葉を拾い直すことができました。

この五つの言葉は、私が通信隊で受けた教育の記憶に基づいています。現在の仕事に照らして読み直すにあたり、当時の理解と今の解釈を区別しながら考えてみます。出典の確認状況は末尾に記しました。

18歳の私にとって、それらは試験を通過するための言葉でした。しかしその後、金融、地域経済、法律、行政、情報システム、電子地域通貨、データ分析と異なる領域を歩くうちに、同じ五つの言葉が別の意味を持って見えるようになりました。言葉は変わっていません。変わったのは、その言葉を見る私の側でした。

見取り図
00 まだ見ぬ担当者へ

あるシステムの導入について話し合っていたときのことです。開始時期、利用者数、画面の機能、期待される効果。関係者から次々と意見が出て、事業の輪郭が少しずつ明確になっていきました。私も、その前向きな議論に加わっていました。

ただ、一つ気になっていたことがあります。このサービスも、いつかは止まるということです。技術は陳腐化し、制度や利用者の行動は変わります。より適した仕組みが現れるかもしれません。そのとき、蓄積されたデータを移せるのか。決済に伴う残高や利用者の権利をどう扱うのか。終了するのではなく、別の仕組みへ切り替える選択肢は残されているのか。

私は、開始時点で終了や移行の道筋も考えておく必要があるのではないかと尋ねました。それまで進んでいた話が、少し止まりました。誰かから強く反対されたわけではありません。むしろ、そこまでの時間を見渡して検討する機会が、まだなかったように私には感じられました。

事業が終わる頃、今日の会議にいる人たちは、もう担当していないかもしれません。異動し、退職し、委託先さえ変わっているかもしれない。「そのときの担当者が考えればいい」。誰かがそう言ったわけではありませんが、そんな発想が組織のどこかに潜んでいるようにも感じました。私たち自身もまた、先輩たちが残した仕組みを、事情を十分に知らないまま引き継いできたのです。

私は事業を止めたかったのではありません。むしろ、不確実な未来へ進むために、戻る道や進路を変える余地を残したかった。まだ見ぬ担当者に、現在の私たちの判断を変更する自由を残しておくこと。その問いから、18歳の頃に覚えた「先行性」という言葉が別の意味を帯びて戻ってきました。

01 先行性 始める前に、終わり方を考える

18歳の私は、通信における先行性を、部隊の行動に先立って通信手段を準備することだと理解していました。移動してから連絡の経路を考えても間に合わない。通信が途絶えた場合の代替手段も、必要になる前に備えておく。その考え方を、今は事業の設計にも重ねています。

利用者が増えたとき、システムは耐えられるのか。担当者が異動したとき、運用は引き継げるのか。契約先が変わったとき、データを取り出せるのか。制度が変わったとき、どの部分を作り替えられるのか。終了するなら、残高や個人情報、利用者への説明をどう扱うのか。開始前にこれらすべてへ答えを用意することは難しくても、考えるための窓口と手順は残せるはずです。

開始のための手続は比較的見えやすいものです。予算を確保し、契約を結び、機能を増やす。他方、縮小・移行・撤退の判断は、後任者の経験やそのときの事情へ委ねられやすい。結果として、将来の担当者が変更したくても、必要な情報や契約上の自由を持てないことがあります。

ここで残したいのは、失敗を予言する能力ではありません。変化した状況を受け止め、別の道を選べる余地です。いつ、誰が、何を根拠に見直すのか。判断が間違っていたとき、何を守り、どのように修正するのか。これらを記録することは、未来の担当者に責任を押し付けることとは違います。判断するための材料と権限を手渡すことなのです。

前に進むことと、後から戻れる道を残すこと。その二つを同時に考えるのが、今の私にとっての先行性です。

02 効率性 消えた仕事は、どこへ行ったのか

効率性という言葉は分かりやすく、説明しやすい言葉です。時間を短縮する。人員を減らす。紙をなくす。入力を自動化する。数字で成果を示しやすいため、行政でも企業でも好まれます。しかし現場を見ていると、「効率化」によって仕事が消えたのではなく、別の場所へ移動しただけではないかと思うことがあります。

電子地域通貨を例に考えてみます。決済がデジタル化されれば、会計や集計の負担が軽くなる場面があります。一方、加盟店の端末操作や照合、利用者の残高確認やアプリ設定に新たな手間が生じることもある。集計表を自動作成できても、数字を確かめ、誤差を説明する仕事は残ります。

AIでも同じことが起こります。文章作成の時間が減っても、事実確認や修正が増えれば総負担はあまり変わらないかもしれません。逆に、定型的な整理や大量データの分類では、確認の仕組みまで設計すれば大きな助けになる。短縮された時間だけではなく、誰の負担が減り、誰の負担が増えたのかを確かめなければ、効率化の成否は測れません。

そして効率化の過程では、数字に表れにくいものも削られます。会議後の雑談。正式な報告書には書かれなかった一言。マニュアルに記載されていない違和感。一見すると無駄に見える二度目の確認。通信において雑音は取り除くべきものとされます。しかし、組織に存在するすべてのノイズが無価値とは限りません。

整えられた報告書には現れなかった声が、問題の入口になることがあります。効率よく要約された情報から削除された一言が、実は最も重要だったのかもしれません。何を無駄と判断し、何を残すのか。効率性は技術の問題に見えて、その実かなり強い価値判断を含んでいます。

03 統合一貫性 正しく届いても、通じるとは限らない

情報システムの世界では「統合」という言葉がよく使われます。データを統合する。システムを統合する。窓口を統合する。しかし、複数の情報を一か所へ集めただけで、全体が一つの仕組みとして機能するとは限りません。

システムが新しくなっても規程や業務手順が古いままなら、制度と技術は一致していません。データを取得できても、それを読む人や判断基準がなければデータは利用されません。住民向けの説明と内部の運用が違えば、個々の処理が正しくても全体としては信頼を失います。通信には、情報が正確に届いているのに意味が伝わっていないという失敗もあります。

自治体が言う「利用者」と、事業者が言う「ユーザー」と、住民が考える「自分」は同じものを指しているとは限りません。「連携」「自走」「効率化」といった言葉も、立場ごとに違う意味で使われます。

一方で、統合一貫性を「すべてを同じ形にすること」と考えるのも危険です。一つのシステム。一つの入力様式。一つの判断基準。一つの正しい説明。統一すれば管理は容易になります。しかし現場には例外があります。同じ制度を利用する人でも、置かれている事情は同じではありません。標準化された入力欄には収まらない生活があります。

統合のために例外を消していけば、仕組みは美しくなるでしょう。そして、ときどき人間の方が、その美しい仕組みからこぼれます。

私は、技術を一つの部署や画面に集めるだけで「統合」が済んだとは考えません。たとえば電子地域通貨について、行政は施策の対象者を、加盟店は決済するお客さまを、利用者は日々の暮らしに役立つ手段を見ています。同じシステムを話題にしていても、成功の意味はそれぞれ違う。接続する前に、何を実現したいのかをすり合わせる必要があります。

従来の申請書をAIに書かせる。従来の会議録をAIに要約させる。従来の問い合わせをAIに処理させる。それぞれに一定の意味はあります。しかし、古い業務へAIを追加するだけでは、古い前提を高速化しているだけかもしれません。

そもそも、その申請書は現在の形で必要なのでしょうか。すべての会議を記録し、要約する必要があるのでしょうか。人間が文章を作り、別の人間が承認する現在の仕組みを、そのまま残す必要があるのでしょうか。AIを統合する前に、何へ統合しようとしているのかを疑わなければなりません。壊れかけた仕組みに最新技術を統合すれば、壊れかけた仕組みが以前より速く動き始めるだけかもしれません。

04 融通性 変えられる仕組みと、変えられない自分

制度は変わります。予算は減ります。担当者は異動します。利用者は設計者が想定しなかった方法で仕組みを使います。技術も想像していたより早く古くなります。私が現在の実務に引き寄せて考える融通性とは、そうした変化に合わせて仕組みを変えられる余地を残しておくことです。一つの事業者だけに依存しない。一人の担当者へ知識を集中させない。データを別の仕組みへ移せるようにする。拡大だけでなく縮小や終了も選べるようにする。

ただし「柔軟に対応する」という言葉は、責任を曖昧にするためにも使えます。判断基準を決めていないこと。責任者が明確ではないこと。その場の力関係によって結論が変わること。そうした状態まで融通性と呼ばれる場合があります。変更できることと、原則がないことは違います。

何を変更できるのか。誰が変更を決めるのか。どの条件になれば再検討するのか。変更の記録をどこへ残すのか。融通性を仕組みにするなら、変更の手順そのものが必要です。

そして、仕組みを変えるより難しいのが、自分の知識を変えることです。過去に成功した方法を手放すことは、単なる情報の更新ではありません。自分が正しいと信じてきた時間を一度疑うことでもあります。

仕事を重ねれば、似た問題への答えは早く出せるようになります。ところが、早く分かることと、正しく分かることは同じではありません。過去に役立った手順が、新しい制度や別の自治体には合わないこともある。経験を重ねた私自身も、最初に思い付いた解決策をいったん脇に置き、現場の条件を聞き直さなければならないと感じることがあります。

過去の判断が今では通用しないと認めることは、知識の整理というより、自分が信じてきたものを疑う作業です。その難しさは、仕組みの変更手順だけでは解決できません。

融通性を求められているのはシステムだけではありません。それを設計し、運用し、正しいと信じている自分の方かもしれません。

05 保全性 情報ではなく、責任の経路を守る

18歳の頃、保全性と聞いてまず思い浮かべたのは、通信の秘密を漏らさないことでした。今はそこから、情報を利用する人の生活や権利まで守れているかを考えます。

秘密が漏れなくても、データが誤って書き換えられれば問題です。必要なときにシステムを利用できなくても困ります。担当者しか操作方法を知らず、その人がいなくなったことで運用できなくなる状態も、広い意味では保全性を欠いています。一方で、守ることが目的となり、何も共有しないという判断が行われることもあります。

危険だからデータを使わない。責任を負えないから外部と連携しない。前例がないから新しい技術を試さない。その結果、情報は守られたとしても、その情報によって支援できた人が取り残されるかもしれません。守るべきものは情報そのものではなく、その情報の向こう側にある生活や権利であるはずです。

AIを利用するときにも、保全性をセキュリティーだけの問題として扱うことはできません。どの情報をAIへ渡してよいのか。AIの出力を誰が確認するのか。最終的な意味を誰が決めるのか。判断の根拠をどこへ記録するのか。誤りがあったときに誰が訂正し、不利益を受けた人をどう救済するのか。

人間とAIの間には、責任の通信手順が必要です。AIが答えを生成し、人間が画面上で確認ボタンを押した。だから人間が責任を果たした。そのように単純には整理できないでしょう。

確認とは何を見ることなのでしょうか。承認とは何を理解し、何を引き受けることなのでしょうか。誰にも説明できない判断を、人間が最後にクリックしたという理由だけで、人間の判断と呼べるのでしょうか。AI時代の保全性とは、情報を守ることに加えて、責任の経路を途切れさせないことなのだと思います。

06言葉は、誰から誰へ届くのか

五つの要則を読み直して、私は一つのことに気付きました。ここまで考えてきたのは、通信機器の話ばかりではありません。判断を後任者へ伝えること。作業の負担が移る先を見つめること。同じ言葉の意味を確かめること。変わる余地を残し、責任の行方をたどること。どれも、人から人へ何を届けるかという問題でした。

18歳の私には、五つの言葉を教えた人がいました。その人の顔や言い回しは薄れても、言葉だけは残りました。今の私は、先輩たちが残した制度や手順を受け取り、それを次の誰かへ渡す側にも立っています。そこに設計思想も失敗の理由も残っていなければ、後任者はまた最初から同じ問いを引き受けることになります。

通信が途切れるのは、電波が届かないときだけではない。判断の理由が伝わらず、知識の受け渡しが止まるときにも、私たちは何かを失います。そう考えると、五つの言葉を教わった経験そのものが、今の仕事へつながって見えてきました。

KNOWLEDGE / RECONSTRUCTION

教師は、いつも知識でした

通信、金融、地域経済、税務、法律、行政、情報システム。私は職場や分野を移るたび、多くの人に助けられながら新しい言葉を学んできました。すべてを一人で教えてくれた師匠はいません。それでも、長く私の教師であり続けたのは、受け継いだ知識だったように思います。

法律の条文も、業務の手順も、通信の原則も、無機質な情報だけで作られたものではありません。顔も名前も知らない誰かが失敗し、考え、後に続く人のために残したものです。目の前に師匠はいなかったとしても、知識の向こう側には数え切れない人の経験がありました。私が教師だと思っていた知識は、誰かの経験を細かく解体し、時間を越えて渡されたバトンだったのかもしれません。

当初、それぞれの知識は別々の箱に入っていました。通信は通信、金融は金融、法律は法律、DXはDXのものだと思っていました。しかし電子地域通貨を考えるには、決済だけでなく法律、会計、地域経済、行政、システム、個人情報、組織運営を同時に考えなければなりません。自治体DXも技術だけで成立するものではなく、住民の生活、制度、予算、契約、人材、データ、政治的な判断を含んでいます。

しかし、何と何を結び付けるのか。そのつなぎ方には、その人が歩いてきた時間が表れます。

KNOWLEDGE / RECONSTRUCTION

AIによって、棚から下ろされる知識

生成AIは、別々の領域に置いていた知識を、短い時間で結び付けて見せます。法律とシステム、地域経済と会計、行政の制度と住民の暮らし。私自身も、思い付かなかった論点を示され、棚にしまっていた知識を取り出すことがあります。けれども、画面に現れたつながりが、そのまま現場で成立するとは限りません。

とりわけ危ういのは、AIの答えが自分の経験と一致したときです。私は容易に納得してしまう。しかし、それは検証ではなく、思い込みを補強しているだけかもしれません。だから根拠の資料へ戻り、現場で誰にどんな影響があるかを確かめます。提案されたつながりに責任を持つのは、最後に判断する人間です。

AIが問いを終わらせるとは限りません。人間が長い間見ないようにしてきた問いを、別の形で返してくることもあります。

THE QUESTION THAT REMAINS

試験の記憶が残したもの

18歳の私は、先行性、効率性、統合一貫性、融通性、保全性という五つの言葉を試験のために覚えていました。意味もよく分からないまま「魔閃光」と唱えていました。実務の経験を重ねた現在、同じ言葉を自治体DX、AI、情報システム、組織運営の側から考えています。

言葉自体は変わっていません。変わったのは、それを使って考える私です。そして数年後には、また違う意味で読み直しているのでしょう。

インケルタも完成した答えを示す場所ではありません。過去に学んだことを拾い直し、現在の技術や社会に照らし、まだ言葉になっていない問いを外へ出す場所です。

何を先に備えるのか。何を効率と呼ぶのか。何を統合し、どこに余白を残すのか。何を変え、何を変えないのか。そして最後に誰を守るのか。

18歳の私が覚えた「魔閃光」は、もう試験のためだけの語呂合わせではありません。受け取った言葉を、今度は未来の誰かが読み直せるように残したい。そのために私も、意味を確かめ、つなぎ直している途中です。

まだ、その問いの通信は終わっていません。

REFERENCES

出典・記述上の留意点

01

通信要則の五項目:筆者が陸上自衛隊で受けた教育の記憶を起点としています。個人作成の暗記教材にも同様の列挙を確認しましたが、五項目をそのまま示す公式一次資料は未確認です。

02

本文における自治体DX・電子地域通貨・AIの記述:筆者の実務経験を踏まえた考察です。特定の会議や事業の評価・効果測定結果を示すものではありません。

03

本稿で用いる「先行性」「効率性」「統合一貫性」「融通性」「保全性」の現代的意味付けは筆者自身の再解釈であり、自衛隊による公式な定義ではありません。

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