北海道の野生動物DXと二つの境界線

管理された自然

北海道の野生動物DXと二つの境界線

GIS、AIカメラ、ドローンでヒグマを見えるようにした先で、人間は何を判断すべきか。北海道の野生動物DXを手がかりに、人間を守る線とヒグマを守る線、その間にある「管理された自然」を考えます。

「熊が山から出てきた」。ヒグマのニュースを見ると、よく似た表現を耳にします。もちろん意味は分かります。山にいたヒグマが住宅地や農地へ現れた。人の生活圏へ入ってきた。だから危険なのだ、ということです。

それでも私は、この言い方に少し引っかかります。そもそも、どこまでが「山」で、どこからが「人間の場所」なのでしょうか。

森林の中には林道があります。河川には護岸があります。山の近くには農地があり、その先には道路や住宅があります。人が植えた森林もあれば、人が管理している公園もあります。ヒグマから見れば、その境界線は私たちほど明確ではないはずです。

そして2026年現在、北海道ではGIS、AIカメラ、ドローンなどを使ったヒグマ対策の実証が進んでいます。人間はとうとう、ヒグマがどこにいるのかを以前より詳しく知ることができるようになりつつあります。

では、そこまで分かるようになったとき、私たちは何をするのでしょうか。

熊を遠ざけるのか。

人間が退くのか。

それとも、両方でしょうか。

私はここに、野生動物DXの少し厄介な問いがあると思っています。

見取り図 / READING MAP

PART 01

境界はどこにあるのか

01 「自然」と「人間の領域」は、本当に二つに分かれているのでしょうか

ヒグマ対策では、人命を守ることが最優先です。住宅地や学校の近くへヒグマが現れれば、行政や警察が動きます。必要であれば捕獲従事者が出動します。そこに異論はありません。

ただ、長期的な管理を考えると、「山から熊が出てきた」という説明だけでは少し足りません。北海道の森林には、国有林、道有林、市町村有林、民有林があります。河川には管理者がいます。農地も道路も自然公園も、人間の制度や活動と無関係ではありません。

もちろん、北海道の自然がすべて人工的だと言いたいわけではありません。むしろ逆です。人間の影響が比較的小さい広大な自然が残っているからこそ、北海道にはヒグマが生息できます。

ただ、その自然と人間社会の間には、思っているほどきれいな境界線がありません。河川は人間にとって治水の対象ですが、ヒグマにとっては移動経路になり得ます。農地は人間にとって生産空間ですが、ヒグマから見れば高エネルギーの餌が存在する場所になることがあります。

都市緑地や河畔林をつないだ生態系ネットワークは、生物多様性の保全に重要です。一方で、それが大型野生動物の移動経路として機能する可能性もあります。

同じ土地を使っていても、人間とヒグマでは地図の読み方が違う。

この感覚を考える補助線として、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの「環世界」という考え方があります。人間の地図には道路、住所、学校、行政界があります。ヒグマに関係するのは、餌、植生、河川、人間活動、季節、時間帯でしょう。同じ北海道に存在していても、見えている世界は同じではありません。

ただし、ここで私は少し立ち止まりたくなります。GPSを付ければ、熊の世界が分かるのでしょうか。AIカメラで個体を識別できれば、熊を理解したことになるのでしょうか。おそらく違います。

私たちが取得しているのは、位置、映像、移動履歴、食痕といった、人間が観測できる情報です。つまりデータ化とは、ヒグマそのものを理解することではなく、ヒグマを人間が判断できる形式へ翻訳することでもあります。この差は、かなり重要だと思います。

02 技術はすでにあります。問題は、それが北海道で回り続けるかです

北海道では、GISを使った重点監視エリアの抽出、AIによる個体識別、ドローンによる位置確認や捕獲支援などの実証が進められています。環境省でも、ドローン、カメラ、センサー、ロボット、アプリなどを利用したクマ対策技術の実証が行われています。

つまり、「ヒグマ対策へデジタル技術を使えるか」という議論だけなら、少し古くなりつつあります。使える技術はあります。問題はその次です。

北海道には雪があります。低温があります。笹があります。沢があります。強風があります。そして通信圏外があります。

カメラは設置できます。でも雪が付けば見えません。AIは画像を判定できます。でも誤検知が多ければ、人間が確認する仕事が増えます。ドローンは飛べます。でも悪天候では飛べません。通信できます。ただし、常にではありません。

人が足りないからDXを入れたのに、そのDXを維持するための仕事が増える。

ここで私は、自治体DXで何度も見る構図を思い出します。野生動物DXでも同じことが起こり得ます。

だから、野生動物DXでは「できることを増やす」より、人間が見なければならないものを減らすことの方が重要ではないかと思っています。固定カメラや安価なセンサーで常時監視する。異常があった場所だけ追加確認する。必要なときだけサーマルカメラを搭載したUAVを飛ばす。通信が切れたら端末側へ保存し、復旧後に同期する。

最新機器を並べるよりも、少人数で壊れずに回り続ける仕組みの方が、北海道では価値があります。少なくとも私はそう考えています。

03 「ドローンを入れる」ことがDXではありません

もう一つ気になるのは、DXという言葉が機械の導入に置き換わりやすいことです。ドローンを買いました。AIカメラを設置しました。GISを作りました。それだけでは、デジタル化ではあってもDXとは呼びにくいでしょう。

本当に変えるべきなのは、その後ろにある仕事です。

ヒグマを検知する。 危険度を確認する。 住民へ知らせる。 現場を確認する。 追い払うのか、捕獲するのか、人間側を退避させるのかを決める。 結果を記録する。

そして、その記録を翌年の監視地点や土地利用、ゾーニングへ戻す。ここまでつながって初めて、仕事そのものが変わります。

私は、ヒグマDXの中心はセンサーではなく、この循環にあると思っています。

PART 02

二つの境界線と判断

04 そこで考えたのが「二つの境界線」です

北海道のヒグマ管理には、すでにゾーニングの考え方があります。生活圏、緩衝地域、生息地などを分け、それぞれ異なる管理方針を取ります。したがって、人間とヒグマの間に境界を設ける発想自体は新しくありません。

では、DXで何を加えられるのでしょうか。私は、固定された区域の上に、時間によって動く境界を重ねることができるのではないかと考えています。

春と秋ではヒグマの行動が違います。木の実の豊凶も変わります。農作物の状況も変わります。一方、人間側にも登下校、農作業、観光、イベントなどの時間があります。

ある場所が一年中危険なのではありません。人間とヒグマが同じ場所を、同じ時間に利用したとき、接触リスクが高まります。

そこで地図を二枚つくります。

MAP 01 人間をヒグマから守る地図

住宅、学校、道路、農地、人流などへ、最新の出没情報を重ねます。

MAP 02 ヒグマを人間から守る地図

森林、河川、採餌場所、移動経路などへ、人間の土地利用や観光、農作業を重ねます。

そして二枚を重ねる。人間側の利用も多い。ヒグマ側の利用も多い。しかも利用する時間も重なる。そうした場所へ、重点的にセンサーやカメラ、電気柵などを配置します。

HYPOTHESIS

私はこれを便宜的に「二重境界マップ」と呼んでいます。新しい制度ではありません。既存のゾーニングへ、時間と直近の観測データを重ねる仮説です。

そして、この地図で重要なのは、熊だけを動かそうとしないことです。

05 熊を動かす前に、人間を動かせないでしょうか

たとえばセンサーが一頭のヒグマを捉えたとします。その個体が住宅地から離れる方向へ移動しているのであれば、すぐに追い払う必要はないかもしれません。その時間だけ遊歩道を閉じる。住民へ情報を出す。人間側が少し退く。それだけで接触を避けられる可能性があります。

一方で、学校や住宅地へ向かっているのであれば、対応は変わります。警戒を強め、場合によっては追い払い、危険な状況では捕獲も必要になります。

つまり、テクノロジーの役割は「熊を見つけること」だけではありません。人間を動かすのか、熊を動かすのか、何もしないのかを判断する材料を増やすことです。

ここまで考えると、「共存」と「害獣対策」は必ずしも対立していないように見えてきます。被害を放置すれば、住民の不安は高まり、最終的にはより強い排除を求める声が出るでしょう。

そう考えるならば、適切な害獣対策は、共存を壊すものではなく、むしろ共存を成立させる条件にもなり得ます。

06 AIに判断させるのではなく、判断の仕組みをDXする

ここでAIについても線を引いておきたいと思います。AIに向いている仕事はあります。大量の画像からヒグマらしいものを抽出する。過去の出没情報を検索する。人間が確認すべき情報を絞る。

しかし、警報を出すのか。施設を閉鎖するのか。追い払うのか。捕獲するのか。これらは行政上の責任を伴います。私は、この最後の判断までAIへ渡すべきではないと考えています。

Human-in-the-loopという言葉があります。重要な判断には人間を戻す、という考え方です。ただ、それだけでも少し足りません。

「人間が確認しました」というボタンだけを最後に置けば、人間が責任を持ったことになるのでしょうか。AIが95%と表示した。担当者はその数字を見た。そして警報を出した。そのとき判断したのは誰でしょう。

ブルーノ・ラトゥールの議論を借りるなら、技術は単なる道具として外側にあるのではなく、人間の判断そのものへ入り込んできます。AIが数字を出せば、人間は影響されます。センサーを置いた場所のデータは増えます。置かなかった場所は見えにくくなります。

やがて「システムがそう判断したから」という言葉が出てくるかもしれません。そこで私は、Human-in-the-loopにもう一つ加えたいと思っています。

HYPOTHESIS

Responsibility-in-the-loop。

これは確立した制度用語ではなく、私なりの仮説です。誰が最終判断をしたのか。どの情報を見たのか。なぜその対応を選んだのか。そこまで記録して初めて、人間が判断系の中に残っていると言えるのではないでしょうか。

PART 03

管理された自然と共存

07 そして、自然をそこまで管理してよいのかという問題が残ります

ここまで技術の話をしておきながら、私は少し怖くもなります。森にカメラがある。河川にセンサーがある。空にはドローンが飛ぶ。AIが個体を識別し、GISにはヒグマと人間の位置が表示される。接触しそうになれば警報が出る。

人間とヒグマは、以前より出会わなくなります。安全になるでしょう。被害も減るかもしれません。それでも、ふと疑問が残ります。

それは共存なのでしょうか。

それとも、高度に管理された隔離なのでしょうか。

大型野生動物との共存では、距離を置くこと自体が重要です。人とヒグマが頻繁に接触すれば、人が傷つく可能性があります。ヒグマ側も、人間へ接近することで最終的に捕獲される可能性があります。そう考えれば、距離を保つことこそ共存とも言えます。

一方で、その距離をすべて人間が決め、監視し、制御するようになったらどうでしょう。

ここでアルド・レオポルドの土地倫理が気になります。人間を土地の外側にいる征服者ではなく、土、水、植物、動物を含む共同体の一員として捉える考え方です。

これを「自然には触れるな」という意味で読む必要はないでしょう。むしろ私には、管理する人間自身も管理される側に含めろと言われているように感じます。

熊の移動だけを見るのではない。農地の誘引物を見る。河川整備を見る。森林施業を見る。観光客の動線を見る。人間側の土地利用も同じ地図へ載せる。

データを熊だけを監視する目にするのではなく、私たち自身を見る鏡にもする。二重境界マップという発想で、本当に重要なのはこの部分なのかもしれません。

08 自然と人工の線も、それほどきれいではありません

フィリップ・デスコラは、自然と文化を二つに分ける世界理解が、人類に普遍的な唯一の考え方ではないことを論じています。この議論をそのまま北海道のヒグマ政策へ持ち込むつもりはありません。

ただ、一つだけ引っかかることがあります。私たちは簡単に「自然」と「人間社会」という言葉を使います。

でも、河川敷はどちらなのでしょう。人工林は。農地は。都市公園は。

ヒグマが森林から農地へ出た瞬間に、自然界から人間界へ移動したわけではありません。実際には、その間に多くの中間領域があります。

そう考えると、境界は一本の線ではなく、少し幅を持ったものとして考えた方が現実に近いのかもしれません。その幅の中で、人間とヒグマがどこで、いつ、どのように重なるのか。そこを見えるようにする。

テクノロジーの役割は、その程度に留めておく方がよいのかもしれません。

09 それでも、明日ヒグマは出ます

思想を考えている間にも、ヒグマは出ます。住宅地で目撃されれば、自治体は動かなければなりません。警察も動きます。捕獲従事者も現場へ入ります。学校や住民へ情報を出す必要があります。

そこで「自然とは何か」を議論している余裕はありません。だからこそ、平時に考えておく必要があります。

何をセンサーへ任せるのか。何をAIへ任せるのか。どこから人間が判断するのか。どこではヒグマを動かし、どこでは人間が退くのか。どの条件で捕獲するのか。誰がその判断を引き受けるのか。誰が機器を維持するのか。そして、その結果を翌年の管理へどう戻すのか。

思想は現場対応の代わりにはなりません。しかし、仕組みをどちらの方向へ作るのかを考えるとき、思想は判断の向きを確認する補助線にはなります。

CURRENT HYPOTHESIS

現時点の仮説

私はいまのところ、ヒグマとの共存を目指すからこそ、害獣対策を高度化する必要があると考えています。ただし、捕獲を高度化するという意味ではありません。

人間とヒグマが、互いに致命的な距離まで近づく回数を減らす。そのためにセンサー、AI、GIS、UAVを使う。ヒグマを動かすだけでなく、必要なら人間側も動く。結果を記録し、翌年の土地利用や監視地点へ戻す。そこまで循環させる。

それが、私がいま考えている野生動物DXです。

ただ、この仕組みが完璧になればなるほど、別の違和感も大きくなります。人間とヒグマがお互いに近づかないよう、センサーとAIによって精密に空間を分ける。事故は減る。捕獲も減る。人間も安全になる。ヒグマの個体群も維持される。おそらく、政策としては成功でしょう。

それでも私は、その光景を見て少し迷うと思います。それを「共存」と呼んでよいのでしょうか。それとも私たちは、自然を理解したのではなく、人間にとって扱いやすい形へ、これまで以上に精密に整理しただけなのでしょうか。

すでに管理されている自然の中で、人間がどこまで管理し、どこから先では自ら退くのか。人間をヒグマから守る線と、ヒグマを人間から守る線。テクノロジーによって、その二本の線は以前より見えやすくなるかもしれません。

ただ、その線をどこに引くのかまで、機械が決めてくれるわけではありません。そしてたぶん、その線を決めるときに問われているのは、熊をどう管理するかだけではないのでしょう。

私たちは、自分たち自身をどこまで管理対象として見ることができるのでしょうか。

PRIMARY SOURCES / REFERENCES

参考文献・公開資料

参照先を見る HOKKAIDO 北海道「ヒグマ管理の計画・方針等」

北海道ヒグマ管理計画とゾーニング管理ガイドライン。人とヒグマのあつれき軽減と地域個体群の存続を確認する基礎資料です。

参照先を見る HOKKAIDO / GIS ICTを活用したヒグマ出没重点監視エリア抽出手法等検討検証モデル事業

GIS、出没情報、環境条件等を使った重点監視エリア抽出の検討資料です。

参照先を見る HOKKAIDO / AI AIを活用したヒグマ個体識別手法等検討検証事業

AIによる個体識別や生息実態把握の検討状況を確認する資料です。

参照先を見る HOKKAIDO / UAV ICTを活用したヒグマ出没個体の特定・捕獲支援検討事業

ドローンを用いた個体確認、位置把握、捕獲従事者の安全支援などの検討資料です。

参照先を見る MINISTRY OF THE ENVIRONMENT 特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ編)

ゾーニング管理の考え方を確認する基礎資料です。

参照先を見る MINISTRY OF THE ENVIRONMENT / 2026 市街地等におけるクマ対策に係る技術導入実証事業

ドローン、監視カメラ、センサー、ロボット、アプリ等を対象とする技術導入実証です。

論文を見る RESEARCH / 2025 佐藤喜和「生態系ネットワークの構築とヒグマの市街地侵入」

生態系ネットワークとヒグマの市街地侵入を考えるうえでの主要研究です。

原典を見る JAKOB VON UEXKULL Umwelt / 環世界に関する原典資料

環世界、知覚世界と作用世界の考え方を確認するために参照しています。

資料を見る ALDO LEOPOLD The Land Ethic

人間を土地共同体の一員として捉える土地倫理を確認するために参照しています。

資料を見る BRUNO LATOUR AIME project / 人間・非人間・技術・制度の関係

技術が人間の判断や責任のネットワークへ介入することを考える補助線として参照しています。

資料を見る PHILIPPE DESCOLA Anthropologie de la nature

自然/文化の二分法を相対化し、自然と人工の境界を考える補助線として参照しています。

思想家の概念は、北海道のヒグマ政策へ直接適用できる制度論としてではなく、現実の制度と技術を考えるための補助線として参照しています。また「二重境界マップ」「Responsibility-in-the-loop」は、本稿における筆者の仮説・整理上の表現です。

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